37 マスの六角形ボードゲーム「RSG」を、リバーシと比べてどれくらい奥深いか、データで調べてみました。
本論文のやさしい解説版です。10 分くらいで読めます。
40 年前、私は新しいボードゲームの構想を温めていました。 当時は、駒と盤を作るところから始めなければならず、形にすることができずにいました。
時代が流れ、AI でアプリを作れる時代になり、ようやく形にできるようになりました。 「いま作るならどうするか」と考え直し、昔の構想(一回り大きな 73 マス)から、 時代に合わせて一回り小さな 37 マスの星型盤に縮小しました。
ところがここで、ひとつの不安が浮かびました。
「この小ささでは、コンピューターで先を読むうちに最善手が決まってしまい、 結局底の浅いゲームになってしまうのではないか?」
そこで、3 つのリバーシ系ゲームで AI 同士に対決させ、 RSG が本当は深いのか、浅いのかを、データで確かめてみることにしました。 本ページは、その分析の結果を、なるべくやさしい言葉で紹介する解説版です。
RSG(リバースターゴ)は、リバーシと囲碁の要素に独自のルールを組み合わせたボードゲームです。次のような特徴があります。
つまり、リバーシ + 囲碁の「囲んで取る」 + 独自の戦略要素を組み合わせたゲームです。
RSG は 無料のブラウザアプリとして公開されています(リンクはページ下部)。 ルールの詳細は、本論文の第 1 章に図入りで丁寧に説明されています。
「このゲームは奥が深い/浅い」って、よく言いますよね。でも、それを数字で表すって、どうすればいいでしょうか?
本研究では、こういう問いを立てました。
「同じゲームを 1 万回やったとき、それぞれの対局が、どれくらい違う展開になるか?」
毎回まったく違う展開になるなら、戦略の幅が広い=奥深いと言えそうです。
逆に、すぐ同じ展開ばかりになるなら、戦略の幅は狭いといえます。
これを測るのに使うのが、Heaps' law(ヒープスの法則)という昔から知られている法則です。 もともとは「文章を読んでいくと、新しい単語がどれくらいの速さで増えていくか?」を表す式として、言語学で使われていました。
細かい式は気にしなくて大丈夫。大事なのは β(ベータ)という数字です。
つまり β 値は、「戦略の幅がどれだけ尽きにくいか」を表す指標と言えます。
ここがちょっと不思議なところです。
たとえば、まったくランダムに手を打つ AI 同士を戦わせると、毎回違う棋譜が出てくるので β は 1.0 に近くなります。 でもそれは「戦略があるから」ではなく、「戦略がないから何でもアリ」だっただけです。 (実際、本研究で最も弱い AI レベル(ランダムに近いレベル)では、3 ゲームすべて β ≈ 1.0 になりました。)
β 値の絶対値だけ見ても、ゲームが深いかどうかは分かりません。 値が高くても「戦略がないだけ」かもしれず、値が低くても「定石がすぐ固まっただけ」かもしれないからです。
では、どうすればゲームの「本当の深さ」を測れるのでしょうか?
そこで本研究では、こう考えました。
同じゲームで、AI の先読みの深さを 浅く(D1)から深く(D5)まで変えていって、 β 値が どう動くか を見てみよう。
つまり、本研究で「ゲームの深さ」と呼ぶのは、β 値の絶対値ではなく、 先読みの深さを変えたときの β の変化パターンです。 そして、この変化パターンこそが、第4章で出てくる「J字型挙動」につながっていきます。
RSG だけ調べても「これって本当に奥深いの?」がわかりません。そこで、リバーシ系の 3 つのゲームを同じ条件で戦わせて比べてみました。
RSG とほぼ同じ大きさ(マス数)のリバーシ。ただし盤面の形(正方形)もルールも違います。 「サイズが似ているから RSG と比べやすい」対照群です。
本研究の主役。マス数は 6×6 リバーシとほぼ同じですが、形は六角の星型、ルールも独自です。
みんな知ってる普通のオセロ。RSG より約 1.7 倍大きく、手数も 2 倍。
ここがポイントです。3 つのゲームすべてで、同じ仕組みの AIを実装しました。 10 段階のレベル(Lv.1〜Lv.7 と D1〜D5。ただし Lv.6 = D2、Lv.7 = D5 で重複するので 10 段階)を用意し、各レベルで同じレベル同士を 10,000 局ずつ対戦させました。3 ゲーム合計で 30 万局のデータです。
強さの違うAI同士だと、強い方ばかり勝って結果が偏ります。「同じ強さどうしの戦い」だけを見ることで、そのレベルでのゲームの本質的な戦略の幅を観察できます。
先読みの深さ(D1〜D5)を変えながら β 値を測ると、3 ゲームに共通の不思議なパターンが現れました。
3 ゲームともに、先読みの深さを変えていくと、β 値が「下がってから上がる」特徴的なパターンが見られました。本研究ではこの動きを 「J字型挙動」 と呼んでいます(経済学などで使われる呼び方です)。
下のグラフ(図1)が、その全体像です。
図1 では、横軸の左半分が 「評価関数バリエーション」(Lv.1〜Lv.5、先読みなしの AI)、 右半分が 「Negamax 探索深度」(D1〜D5、先読みする AI)です。 3 ゲームとも、Lv.5 から D1 へかけて β 値が一気に下がり、 D2 で底をついたあと、D3 以降で再び上昇していく 流れが見えます。
この「下がってから上がる」流れこそが J字型挙動の正体 です。3 ゲームすべてに、この共通の形が現れています。
面白いのは、3 ゲームともJ字型を示すけれど、その「大きさ」が違うこと。 図1 でも、青(8×8)の戻り幅が一番大きく、緑(6×6)の戻り幅が一番小さいのが見て取れます。 具体的に、D2 から D3 への上昇幅を表で比較してみましょう。
| ゲーム | D2 の β | D3 の β | 上昇幅 | 分類 |
|---|---|---|---|---|
| 8×8 リバーシ | 0.380 | 0.664 | +0.284 | 大きなJ字型 |
| RSG | 0.370 | 0.462 | +0.092 | 中程度のJ字型 |
| 6×6 リバーシ | 0.010 | 0.058 | +0.048 | 小さなJ字型 |
つまり、深く読んだときに新しい戦略がどれだけ広がるかが、3 ゲームで大きく違うのです。 8×8 リバーシでは深く読むと戦略が大きく広がる(大きなJ字型)。RSG はそこそこ広がる(中程度)。 6×6 リバーシは深く読んでもあまり広がらない(小さなJ字型)。
標準的なオセロ。盤面が大きく、戦略の幅も広い。
盤面は 8×8 リバーシの約 58%、手数は約 55%しかないのに、 J字型挙動という質的特徴は 8×8 と同じ。β 値範囲も 8×8 リバーシに準ずる水準にあります。 さらに、ほぼ同サイズの 6×6 リバーシ(36 マス・約 32 手)と比べても、 RSG(37 マス・約 33 手)はサイズも手数もほぼ同じなのに、明確に深い水準にあります。
RSG とほぼ同じ 36 マス、しかも同じ正方形の親戚なのに、J字型がぐっと小さい。 深く読んでも戦略空間が大きく広がりません。
もし「盤面が大きいゲームほど深い」という単純な話なら、RSG(37 マス)と 6×6 リバーシ(36 マス)はほぼ同じ深さになるはずです。
でも実際には、両者は β 値で0.36 以上の差をもって、明確に離れた水準にあり、J字型の大きさも別グループです。
ゲームの奥深さは、盤面のサイズだけでは決まらない。
盤面の形(六角の星型)と、ルール(キャプチャ・コール・コウ)が、戦略空間を大きく広げている。 RSG は、ずっと小さな盤面で 8×8 リバーシと同じ「J字型」グループ(中程度のJ字型)に入っていました。
本研究には限界もあります。
本研究は、独立研究家が個人の PC(Intel Core i5、メモリ 16GB と 8GB)で実施しました。 Negamax 探索という方法で先を読むのですが、1 手深く読むだけで計算時間が指数的に増えるのです。
たとえば 8×8 リバーシ D5(5 手先読み)の 10,000 局取得には、約 56 時間(約 2.3 日)もかかりました。 D6 以降は数日〜十数日 PC をつけっぱなしにしないといけないので、現実的に難しく、D5 までで一区切りとしています。
Q1. β 値が「1 に近い」と何がいいの?
「毎回違う展開になりやすい」=飽きにくい・戦略の引き出しが多いと言えます。ただし、β 値が高いから即「面白いゲーム」とは限らないので、あくまで「戦略の幅」の指標です。
Q2. 6×6 リバーシの β 値が低いのは「弱いゲーム」だから?
そうではありません。盤面が小さいぶん戦略空間が狭く、AI が少し先を読むだけで「これが良さそう」と判断するルートが限られてしまい、いつも似たような展開に収束してしまうから、というのが本研究で観察された現象です。
なお、6×6 リバーシは完全解析(Feinstein ら)により「白が必ず勝つ」ことが知られているゲームでもあります。本研究の AI は D5 までの先読みなので、まだ完全解析の結論までは届いていませんが、深く読めば読むほどその方向に近づくと考えられます。
Q3. 「8×8 リバーシに準ずる水準」って、つまり同じくらい?
いいえ、絶対値では 8×8 リバーシのほうが上です。とくに先を 3 手以上読む(D3〜D5)と、8×8 リバーシの β 値はもっと高くなります。「準ずる水準」とは、6×6 リバーシのような小さなJ字型ではなく、8×8 リバーシ(大きなJ字型)に近い『中程度のJ字型』グループに位置するという意味です。盤面が約 58%、手数が約半分しかないのに、その範囲に収まっていること自体が、本研究の主張のポイントです。
Q4. AI で測ったら、人間の戦略とは違うのでは?
そのとおりです。本研究で測っているのは「同じ AI 枠組みで戦わせたときの戦略空間」です。人間が遊んだときの感覚や面白さは、また別の問いです。とはいえ、人間の対局データを大量に集めるのは難しいので、AI を使うのは現実的な妥協点でもあります。
Q5. なぜ D5 までしか調べていないの?
著者の個人 PC では、D5 の 1 万局取得に約 56 時間(約 2.3 日)かかりました。D6 以降は計算時間がさらに指数的に増えて、現実的に厳しいのです。もっと高性能な計算環境が使えるようになったら、改訂版で扱う予定です。とくに 6×6 リバーシは深く読めばJ字型がもっと立ち上がる可能性があり、興味深い課題として残されています。
Q6. なぜ「J」字型? ひらがなの「し」の方が似てない?
するどいご指摘です😊 グラフの形を素直に見ると、確かにひらがな「し」の方が似ています。でも「J カーブ」「J 字型」は経済学・社会学・医学などで「初期に下がって後で上昇する」パターンを表す呼び名として、世界中で広く使われています。本研究もその慣習にならって「J字型」と呼んでいますが、視覚的に「し」の字を思い浮かべて読んでいただいても、ほぼ同じ意味です。
Q7. J字型が「大きい」と何がいいの?
J字型が大きいということは、「先読みを深くすると、新しい戦略がたくさん現れる」ということです。プレイヤー視点で言うと、「深く考えれば考えるほど、新しい発見がある」ゲームです。逆にJ字型が小さいと、「ある程度のところで最善手が決まってしまい、深く考えても新しい展開が出にくい」ゲームになります。つまり、J字型の大きさは「プレイヤーが深く読み込んで楽しむ余地」の大きさを反映していると言えます(ただし、「J字型が大きい=面白い」とは限らないので、あくまで戦略の引き出しの広さの指標です)。
本研究のデータ(30 万局分の CSV)はすべて検証可能な形で保管されています。 査読・指摘・反論を歓迎します。
なお、本レポートの分析対象は条件を統一した同レベル対戦の 30 万局です。 異なるレベル同士の対戦実験を含む総対局数は約 200 万局にのぼりますが、本研究では比較条件を揃えるため同レベル対戦のみを扱っています。