※ より平易な内容の やさしい解説版 もご用意しています
本研究は、独立研究家により設計された 37 マス六角ボードゲーム ReverStarGo(以下 RSG)の戦略的深さを、リバーシ系の 2 つの対照ゲーム(8×8 標準リバーシ、6×6 リバーシ)と比較して定量的に評価する。3 ゲームすべてで完全に同一の AI アルゴリズム枠組み(Lv.1〜Lv.7、D1〜D5)を実装し、同レベル対戦 10,000 局 × 10 系列(Lv.1〜Lv.7 と D1〜D5。ただし Lv.6 = D2、Lv.7 = D5 のため重複分を除く)× 3 ゲーム(合計約 30 万局)の棋譜多様性を Heaps' law の指数 β により解析した。
得られた中心的結果は、3 ゲームを分ける指標が β 値の絶対水準ではなく「J字型挙動の大きさ」(D2 で β が一旦低下し、D3 以降で再び上昇する深度依存性のパターンの強さ)にあることである。8×8 リバーシ(β=0.38〜0.68)は大きなJ字型、RSG(β=0.37〜0.54)は中程度のJ字型、6×6 リバーシ(β=0.00〜0.10)は小さなJ字型を示す。
本研究の中心メッセージは「RSG は 8×8 リバーシと同じくJ字型挙動を示すグループ(中程度のJ字型)に属し、その β 値範囲も 8×8 リバーシに準ずる水準にある。一方、ほぼ同サイズの 6×6 リバーシ(小さなJ字型)とは β 値で 0.36 以上の差をもって質的に異なる戦略空間を持つ」である。これは「ゲームの戦略空間の構造的性質は盤面サイズだけでは決まらず、盤面の形やルールの構造によって質的に変わる」という、ゲーム設計上重要な事実をデータで実証するものである。なお、本結論は D5 までの観察に基づくものであり、より深い分析(D6 以降)では分類の様相が変わる可能性がある(第3章 3.3 注記参照)。
ReverStarGo(以下、RSG)は、本研究の著者が約 40 年間にわたり構想を温めてきたボードゲームである。リバーシ(オセロ系統)の発展形として、囲碁の「囲んで取る」要素と独自の判定基準(石数 + 捕獲数)を加えた。盤面は 37 マスの六角形で、リバーシの 64 マスと比べると約 58% の大きさである。
RSG の主要な特徴:
RSG は 2026 年現在、ブラウザ動作のアプリとして無料公開されている。
RSG の盤面は 37 マスの六角形(星型) で、中央の特殊マス CP(コアポイント)と、それを取り巻く環状の構造を持つ。中央 6 マスに黒石・白石が交互に配置され、黒石が先手で対局を開始する。
リバーシと同様に、相手の石を自分の石で挟むと、間の石が自分の色にひっくり返る。挟める方向は六角形の 6 方向(縦・横・斜め系統)である。1 着手で複数方向に同時にフリップが起きることもある。
RSG の最大の特徴は 囲碁的なキャプチャ(囲んで取る)である。フリップによって新たに自分の色になった石が、相手の石を取り囲む役割を果たす。一手で複数方向のフリップが同時に発生し、その結果として相手の石が完全に自分の色で囲まれた場合、その石は盤面から取り除かれて捕獲数として加算される。
盤面中央の CP は特殊マスである。プレイヤーが CP に石を置く際、自分の手番の色ではなく、黒・白のどちらの色で置くかを「コール」によって選択できる。コールの選択によって挟み判定の起点が変わるため、フリップ・キャプチャの結果が大きく異なる。これは RSG 独自の戦略要素であり、終盤の勝敗を左右する重要な選択点となる。
RSG のコウルールは「過去に一度でも現れた局面に戻る手は打てない」というものである。同一局面の判定は盤面の各マスの状態(黒・白・空)のみで行う。これは囲碁の単純コウより厳格な拡張で、無限ループを防止する。
ゲームは、(a) 盤面が埋まる、(b) 両者ともパスを続ける、(c) 両者ともコウしか打てない状態が続く ―― のいずれかで終了する。終局時、各プレイヤーの盤面上の石数 + 捕獲した石数の合計が多い方が勝者となる。両者の合計が等しい場合は、捕獲した石数が多い方が勝者となる。それも同数の場合は引き分けである。
RSG は、本来 8×8 リバーシ(64 マス)に類するゲームを、より小型・短時間に設計することを目指して作られた。盤面が小さくなることで対局時間は短くなるが、その代償として「戦略の深さが失われるのではないか」という懸念があった。
本研究は、この問いに定量的に答える試みである。
RSG は、リバーシ系ゲームの中でどれほど深いゲームか。
この問いに答えるため、3 つのリバーシ系ゲームを対照実験として比較する。
| ゲーム | 盤面 | 平均手数 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 6×6 リバーシ | 36 マス | 約 32 手 | 純粋オセロ、完全解析済み |
| RSG(本研究の主題) | 37 マス | 約 33 手 | 六角・捕獲・コール・コウあり |
| 8×8 リバーシ | 64 マス | 約 60 手 | 純粋オセロ |
6×6 リバーシは RSG とほぼ同サイズ・同手数で、ルールと盤面形状が異なる対照群である。8×8 リバーシは RSG より約 1.7 倍大きな標準的なオセロである。この 3 ゲームを並べることで、RSG の戦略的深さを多角的に評価できる。
平均手数(実測値):表 1.3 の「平均手数」は本研究で取得した 3 ゲーム × 10 系列 × 各 10,000 局の実測値(実着手数、パスを除く)の概数である。盤面マス数からの算出値(RSG:37 マス − 中央 CP 1 マス − 初期配置 6 マス = 30 マス、6×6 リバーシ:36 マス − 初期配置 4 マス = 32 マス、8×8 リバーシ:64 マス − 初期配置 4 マス = 60 マス)と概ね整合し、リバーシ系(8×8、6×6)はそのまま、RSG では捕獲による再打着分(平均 約 3 手)が上乗せされた形となっている。各系列の詳細を表 1.3.A に示す。
表 1.3.A 3 ゲーム × 10 系列の平均手数(各 10,000 局実測、実着手数・パス除く)
| 系列 | RSG | 8×8 リバーシ | 6×6 リバーシ |
|---|---|---|---|
| Lv.1 | 32.82 | 60.00 | 31.98 |
| Lv.2 | 34.31 | 59.97 | 31.95 |
| Lv.3 | 35.54 | 59.94 | 31.92 |
| Lv.4 | 36.81 | 59.94 | 31.86 |
| Lv.5 | 31.86 | 59.34 | 31.68 |
| D1 | 31.71 | 59.99 | 32.00 |
| D2(=Lv.6) | 32.35 | 59.97 | 31.71 |
| D3 | 32.42 | 59.95 | 32.00 |
| D4 | 32.81 | 59.98 | 31.76 |
| D5(=Lv.7) | 31.61 | 59.97 | 31.92 |
| 全系列平均 | 33.22 | 59.91 | 31.88 |
注:リバーシ系(8×8、6×6)の実着手数はそれぞれ便宜上の値(8×8 リバーシ:60 マス、6×6 リバーシ:32 マス)以内に収まり、空白終局・連続パスが少ないことを示している。RSG では実着手数が盤面マス数からの算出値(30 マス)を超える系列があるが、これは RSG 独自のルールである 石の捕獲(キャプチャ)による再打着を含むためである(一度打たれた位置でも、捕獲で空きマスに戻れば改めて打着できる)。RSG 全系列の実着手数の平均は 33.22 手 であり、その内訳は 盤面マス 30 + 捕獲再打着 約 6.01 − CP 通過分 約 2.10 − 空白終局 約 0.69 ≈ 33.22 と分解できる(捕獲数平均:黒 3.03 個・白 2.99 個、合計 6.01 個/局)。CP(コアポイント)に置かれた石はコール処理後に取り除かれるため、捕獲数としては記録されるが盤面マスを消費しない。これが上式の「− CP 通過分」に対応する RSG 独自の戦略要素である。
RSG では、ランダム系(Lv.1〜Lv.4)は手数が長め、戦略系(Lv.5 以降の浅探索)は手数が短めという傾向が観察される。これは戦略性が高い AI ほど早期に勝敗を決着させやすく、空白終局(盤面が完全に埋まる前にパス/コウのみで終局する状態)が増えるためである。一方、リバーシ系では各レベルの平均手数がほぼ一定であり、これは盤面が必ずほぼ埋まることに対応する。
本レポートは 5 章で構成される。
| 章 | 内容 |
|---|---|
| 第1章 | はじめに(本章) |
| 第2章 | 研究方法(β 値、AI 設計、実験設計) |
| 第3章 | 結果(3 ゲームの β 値比較)★核心★ |
| 第4章 | 補足観察(先後手・引分・6×6 完全解析への収束) |
| 第5章 | 結論 |
第3章が本研究の核心である。3 ゲームの同レベル対戦における β 値を比較し、RSG の戦略的深さを実証する。
本研究では、ゲームの戦略的多様性を Heaps' law という統計法則で測定する。Heaps' law はもとは言語学で発見された経験則で、文書中の語彙の増え方を表すべき乗則である。
V(n) = K × nβ
両辺の対数を取ると、log-log プロット上で直線になり、傾きが β である。
「ユニーク棋譜」とは:同じ手順(一手目から最終手まで完全に一致する手順)を持つ棋譜を 1 つとしてカウントしたもの。例えば 1,000 局打って 500 局が完全に同じ手順だった場合、ユニーク棋譜数は 501(同手順 1 + 異なる 500)となる。
ユニーク棋譜率は「ある時点のスナップショット」(例えば 10000 局時点での値)。 β 値は「対局数を増やしたときの、ユニーク棋譜の増え方の形」。
| β 値 | 意味 |
|---|---|
| 1.0 | 毎局新しい棋譜(戦略空間が広い) |
| 0.5 | じわじわ増えるが、徐々に飽和 |
| 0.0 | もう新しい棋譜が出ない(戦略空間が尽きた) |
つまり β 値は、「戦略空間がどれだけ尽きにくいか」を表す指標である。
β 値はゲームの戦略空間の広さを反映するが、「ゲームの面白さ」や「絶対的な深さ」を直接測るものではない。本研究では「3 ゲームを同一の AI 枠組みで対戦させたときの β 値の比較」として用いる。
3 つのゲームすべてで、同一の AI アルゴリズム枠組みを実装している。
3 ゲーム共通で次の 12 レベルの AI を実装している。
| Level | アルゴリズム |
|---|---|
| Lv.1 | 評価関数で順位付けし、下位 50% からランダム選択 |
| Lv.2 | 完全ランダム |
| Lv.3 | 評価関数で順位付けし、上位 60% からランダム選択 |
| Lv.4 | 評価関数で最大値を選択 |
| Lv.5 | フリップ数 × 3 + 位置価値の加重評価 |
| Lv.6 | Negamax depth=2 + α-β 枝刈り |
| Lv.7 | Negamax depth=5 + α-β 枝刈り |
位置価値テーブルは各ゲーム独自設計:Lv.5 で用いる位置価値テーブルは、3 ゲームそれぞれの盤面構造に応じて独自に設計されている。リバーシ系(8×8、6×6)は古典的な評価(角 +50、X 点 -40〜-50、C 点 -25〜-30、辺中央 +10 等)を踏襲。RSG は六角盤面の腕の先端 +50、その隣 +20、中央 CP +1 等の独自設計(マイナス値なし)。盤面形状が異なるため共通テーブルは原理的に作れず、各ゲームの構造を反映した位置価値となっている。したがって「同じ Lv.5」という呼称は「同じ評価枠組み(フリップ数 × 3 + 位置価値)の中での各ゲーム独自の位置評価」を意味する。
| Depth | アルゴリズム | Lv 系列との対応 |
|---|---|---|
| D1 | Negamax depth=1 | (対応なし) |
| D2 | Negamax depth=2 | = Lv.6 |
| D3 | Negamax depth=3 | (対応なし) |
| D4 | Negamax depth=4 | (対応なし) |
| D5 | Negamax depth=5 | = Lv.7 |
D2 = Lv.6、D5 = Lv.7 という対応関係があるため、本研究では同じデータを 2 つの章(強度レベル・探索深度)で異なる切り口から再分析する。
本研究では同じレベルの AI 同士の対戦のみを扱う。これにより、対戦結果の差を「ゲームの構造の差」として解釈できる。
各レベル × 各ゲームで 10,000 局を実行する。
各対局の最初の 2 手をランダムに選択する(3 手目以降は通常の AI 判断)。これにより、開局のバラエティを確保し、AI の決定論的傾向に過度に左右されないデータが取れる。
各対戦で次の 7 点で集計を取る:
`` 500 / 1,000 / 2,000 / 4,000 / 6,000 / 8,000 / 10,000 局 ``
2.1 節で示した Heaps' law の式の両辺の対数を取ると:
log V(n) = log K + β × log n
これは log V(n) と log n の間に 傾き β、切片 log K の線形関係があることを意味する。したがって、(n, V(n)) の対を log-log プロット上に描き、最小二乗法で直線を当てはめれば、その傾きが β 値となる。
具体的な算出手順:
n < 500 の領域を除外する理由は、Heaps' law が漸近領域で成立するべき乗則であり、対局数が少ない領域では曲線が落ち着いていないためである。前半(500→4,000)は対数等間隔(×2 刻み)、後半(4,000→10,000)は線形等間隔で配置することで、Heaps' 漸近領域における回帰の信頼性を高めている。
| 系列 | RSG | 8×8 リバーシ | 6×6 リバーシ |
|---|---|---|---|
| Lv 系列(7 段階) | 70,000 局 | 70,000 局 | 70,000 局 |
| D 系列(追加 3 段階:D1, D3, D4) | 30,000 局 | 30,000 局 | 30,000 局 |
| 合計 | 100,000 局 | 100,000 局 | 100,000 局 |
3 ゲーム合計 30 万局の AI 対戦データを取得した。
本研究は独立研究家による単独実施のため、第三者による検証手段が限定的である。この性質を踏まえ、以下の三重の担保を用意した。
中核データはメイン PC とサブ PC の二つの独立した環境で取得した。両環境はハードウェアおよび OS エディションが異なり、計算環境としては相応の相違がある。両環境の仕様を表 2.6 に示す。
表 2.6 実験環境の仕様
| 項目 | メイン PC | サブ PC |
|---|---|---|
| CPU | Intel Core i5-12400(第12世代、2.50 GHz) | Intel Core i5-10505(第10世代、3.20 GHz) |
| メモリ | 16.0 GB | 8.0 GB |
| OS | Windows 11 Home(バージョン 25H2) | Windows 11 Pro(バージョン 25H2) |
| ブラウザ | Microsoft Edge | Microsoft Edge |
両環境の CPU は世代が 2 世代異なり、メモリ容量も 2 倍の差がある。OS のエディション(Home / Pro)も異なる。このように計算環境としては相応の相違があるが、両環境から得られた結果には統計的有意差が認められなかった。
本研究で用いた 3 ゲーム(RSG、8×8 リバーシ、6×6 リバーシ)の実装はすべて同一のコードベースから派生しており、ブラウザアプリとして一般公開されている。読者は同じ実装を用いて、任意の対戦実験を自ら再現・検証することが可能である。
本研究の探索深度の上限を D5 とした主たる理由は、上記 PC 環境における計算時間の現実的制約である。Negamax 探索は深度を 1 増やすごとに計算時間が指数的に増加し、特に 8×8 リバーシ D5 同レベル対戦の 10,000 局取得には約 56 時間(約 2.3 日)を要した。D6 以降の取得は、現行 PC では数日〜十数日の連続稼働を必要とし、本研究の現実的な実施期間を超える。より高性能な計算環境が利用可能になり次第、改訂版で扱う予定である。
― 本章が本研究の核心である。3 ゲームの同レベル対戦の β 値を、まず強度レベル(Lv 系列)で概観し、続いて探索深度(D 系列)で詳細に分析する。最後に、両系列を貫く中心的発見として「J字型挙動の大きさによる 3 ゲームの分類」を示す。
まず、AI 強度レベル(Lv.1〜Lv.7)における β 値の挙動を概観する。これは本研究の発見の起点となる観察である。
表3.1 Lv 系列の β 値(n≥500 7点回帰)
| Level | RSG | 8×8 リバーシ | 6×6 リバーシ |
|---|---|---|---|
| Lv.1 | 1.000 | 1.000 | 1.000 |
| Lv.2 | 1.000 | 1.000 | 1.000 |
| Lv.3 | 1.000 | 1.000 | 1.000 |
| Lv.4 | 0.997 | 1.000 | 0.998 |
| Lv.5 | 0.748 | 0.977 | 0.728 |
| Lv.6(=D2) | 0.370 | 0.380 | 0.010 |
| Lv.7(=D5) | 0.539 | 0.683 | 0.097 |
Lv.1〜Lv.4 では 3 ゲームとも β ≈ 1.0(毎局新しい棋譜)であり、AI のランダム性が強い領域では 3 ゲームの差は現れない。Lv.5 で評価関数が効きはじめ、3 ゲームに微差が生まれる。3 ゲームの差が明確に分岐するのは Lv.6 以降である。
特に Lv.6 と Lv.7 の比較に注目すると、興味深いパターンが見られる:
Lv.6 = Negamax depth=2、Lv.7 = Negamax depth=5 であり、つまり先読み深度が 2 から 5 に増えたときの β 値の変化である。8×8 リバーシでは深く読むほど β が大きく回復するのに対し、6×6 リバーシではわずかな上昇にとどまる。
次の問い:では、先読み深度を 1 から 5 まで連続的に変化させたとき、3 ゲームの β 値はどのように振る舞うのか? Lv.6 と Lv.7 の 2 点だけでは見えない構造があるはずである。これを詳しく調べるため、探索深度を D1〜D5 まで網羅的に変化させた D 系列実験を実施した。
D 系列(D1〜D5、Negamax 探索深度 1 から 5)における β 値を表3.2 に示す。
表3.2 D 系列の β 値(n≥500 7点回帰)
| Depth | RSG | 8×8 リバーシ | 6×6 リバーシ |
|---|---|---|---|
| D1 | 0.369 | 0.445 | 0.000 |
| D2(=Lv.6) | 0.370 | 0.380 | 0.010 |
| D3 | 0.462 | 0.664 | 0.058 |
| D4 | 0.424 | 0.663 | 0.021 |
| D5(=Lv.7) | 0.539 | 0.683 | 0.097 |
図1 Lv 系列+D 系列の合成 β 値グラフ(Lv 系列は●、D 系列の追加点 D1・D3・D4 は◆。8×8 リバーシは大きなJ字型、RSG は中程度のJ字型を示し、6×6 リバーシは小さなJ字型にとどまる)
合成グラフ(図1)は、3.1 節で示した Lv 系列の点(●)に、D 系列の追加点 D1、D3、D4(◆)を、それぞれ深度的に対応する位置(Lv.5 と Lv.6 の間に D1、Lv.6 と Lv.7 の間に D3・D4)に重ねて描画したものである。両系列の交点となる Lv.6(=D2)と Lv.7(=D5)は同じ点を共有している。
このグラフからは、3 ゲームに次のような違いが視覚的に読み取れる。8×8 リバーシと RSG では、D2 で β 値が一旦下がり、D3 以降で大きく回復する特徴的な挙動が観察される。一方、6×6 リバーシも D2 で底をとり、D3 以降でわずかに上昇する同じ形を示すが、その上昇幅は他の 2 ゲームに比べて格段に小さい。
「J字型挙動」の定義:D1 → D2 で β 値が一旦低下し、D3 以降で再び上昇する挙動を、本研究では J字型挙動 と呼ぶ。経済学の J カーブ効果などで広く用いられる呼称で、最終値(D5)が初期値(D1)を上回って戻ってくる形を表す。視覚的にはひらがなの「し」の字にも似た形である。J字型挙動の 大きさ(D2 → D3 や D2 → D5 の上昇幅)は、ゲームによって大きく異なる。
D2 → D3 の β 値変化を整理すると:
8×8 リバーシは D2 → D3 で β 値が大きく跳ね上がり、典型的なJ字型を描く。RSG も同様にJ字型を示すが、上昇幅は 8×8 リバーシより緩やかである。6×6 リバーシはこの上昇が少なく、深度を変えても β 値は低位(β < 0.10)にとどまる。
参考図:3 ゲームの (n, V(n)) を log-log プロットしたもの(10 図、2 列×5 段)。各回帰直線(点線)の傾きが β 値。左列が Lv 系列(Lv.1〜Lv.5、評価関数バリエーション)、右列が D 系列(D1〜D5、Negamax 探索深度)。Lv.1〜Lv.4 は β≈1.0(45°直線)、Lv.5 で評価関数が効きはじめ、D 系列で深度を上げるとJ字型挙動が現れる様子が確認できる。
D 系列の β 挙動から、本研究の中心的な発見を 3 点に整理する。
D 系列における β 値の振る舞いに基づき、3 ゲームは次のように分類される:
表3.3 J字型挙動の大きさによる 3 ゲームの分類
| ゲーム | D2 → D3 の変化 | D 系列の挙動 | 分類 |
|---|---|---|---|
| 8×8 リバーシ | +0.284 | D2 で底、D3 以降で大きく回復 | 大きなJ字型 |
| RSG | +0.092 | D2 で底、D3 以降で回復 | 中程度のJ字型 |
| 6×6 リバーシ | +0.048 | D2 で底、D3 以降でわずかに上昇 | 小さなJ字型(低位) |
J字型挙動の大きさは、単なる β 値の絶対水準の差ではなく、深度を変化させたときの β 値の応答パターンの強さを表している。深く読むほど新しい戦略が大きく生まれる(大きなJ字型)か、深く読んでも戦略空間がそれほど広がらない(小さなJ字型)かという、戦略空間の構造そのものの違いである。
これは、3 ゲームの戦略的性質を分ける根本的な指標として機能する。
本研究の射程に関する注記:本章の分類は D5 までの観察に基づくものである(D5 を最終深度とした計算時間上の理由は第2章 2.6.3 参照)。特に 6×6 リバーシは完全解析(Feinstein ら)により最善プレイは白勝ちであることが知られているが、本データの D5 段階では黒勝率がまだ高い水準にあり(第4章 4.3 参照)、D6 以降でJ字型挙動がより明瞭に立ち上がる可能性は否定できない。より深い分析は今後の課題である。
RSG(37 マス)と 6×6 リバーシ(36 マス)はほぼ同サイズ・同手数であるにもかかわらず、β 値の挙動は大きく異なる:
表3.4 RSG と 6×6 リバーシの β 値の差
| Depth | RSG | 6×6 リバーシ | 差 |
|---|---|---|---|
| D1 | 0.369 | 0.000 | +0.369 |
| D2 | 0.370 | 0.010 | +0.360 |
| D3 | 0.462 | 0.058 | +0.404 |
| D4 | 0.424 | 0.021 | +0.403 |
| D5 | 0.539 | 0.097 | +0.442 |
全深度で RSG は 6×6 リバーシより β 値で 0.36 以上の差をもって上回り、両ゲームの β 値は明確に離れた水準にある。さらに発見1で示したように、RSG は中程度のJ字型挙動を示すのに対し、6×6 リバーシのJ字型挙動は小さい。両者は量的にも、深度依存性の応答強度の点でも、明確に異なる戦略空間を持つ。
この差は、ゲームのサイズ(盤面・手数)だけでなく、盤面の形やルールの構造が戦略空間を決定していることの証拠である。RSG の星型 37 マスの盤面と、捕獲・コール・コウの独自ルールが、同サイズの 6×6 リバーシでは到達できない戦略空間を生み出している。
RSG(37 マス、約 33 手)は、8×8 リバーシ(64 マス、約 60 手)と比べると約 58% の盤面・約 55% の手数しかない。それでも、β 値は 8×8 リバーシに準ずる水準 に収まる:
表3.5 RSG と 8×8 リバーシの β 値の差
| Depth | RSG | 8×8 リバーシ | 差 |
|---|---|---|---|
| D1 | 0.369 | 0.445 | −0.076 |
| D2 | 0.370 | 0.380 | −0.010 |
| D3 | 0.462 | 0.664 | −0.202 |
| D4 | 0.424 | 0.663 | −0.239 |
| D5 | 0.539 | 0.683 | −0.144 |
絶対値では 8×8 リバーシが上回り、特に D3 以降で差が広がるが、これは盤面と手数の差から自然に予想される結果である。重要なのは、RSG が J字型挙動という質的特徴を 8×8 リバーシと共有し、その大きさの順位として 8×8 リバーシ(大きなJ字型)に次ぐ位置にあることである。β 値の絶対範囲も8×8 リバーシに準ずる水準にとどまる。
3 ゲームの β 値比較から得られた、本研究の中心的な主張は次の通りである:
3 ゲームを分ける指標は、深度依存性の質的な違い、すなわちJ字型挙動の大きさである。8×8 リバーシは大きなJ字型、RSG は中程度のJ字型、6×6 リバーシは小さなJ字型を示す。RSG はJ字型挙動という質的特徴を 8×8 リバーシと共有し、その β 値範囲も 8×8 リバーシに準ずる水準にある。一方、ほぼ同サイズの 6×6 リバーシとは β 値で 0.36 以上の差をもって、明確に離れた水準を示す。なお、本章の分類は D5 までの観察に基づくものである(3.3 注記参照)。
J字型挙動の大きさは、ゲームのサイズだけでは決まらない、盤面の形やルールの構造に由来する戦略空間の根本的な性質を反映している。RSG の星型 37 マスの盤面と独自ルール(捕獲・コール・コウ)は、小型ゲームでありながら 8×8 リバーシと同じ質的特徴(J字型挙動)を中程度の大きさで生み出し、その結果として 8×8 リバーシに準ずる水準の戦略的深さを実現している。
本章では、第3章の核心的発見に加えて観察された 3 つの副次的特徴を簡潔に報告する。これらは本研究の主軸ではないが、誤解を防ぐために記録しておく価値がある。
両ゲームとも、後手(白)がやや有利な傾向を示す。これは「後手が情報優位を持つ」ためと解釈される。
表4.1 D 系列における黒勝率(10,000 局、同レベル対戦)
| Depth | RSG | 8×8 リバーシ | 6×6 リバーシ |
|---|---|---|---|
| D1 | 27.83% | 32.12% | 32.95% |
| D2 | 50.23% | 36.16% | 74.60% |
| D3 | 45.89% | 32.74% | 81.05% |
| D4 | 22.19% | 38.91% | 81.89% |
| D5 | 37.89% | 42.49% | 62.20% |
特筆すべき観察:
引分の発生頻度が 3 ゲームで質的に異なる。
表4.2 D 系列における引分率(10,000 局、同レベル対戦)
| Depth | RSG | 8×8 リバーシ | 6×6 リバーシ |
|---|---|---|---|
| D1 | 0.00% | 3.07% | 0.00% |
| D2 | 1.35% | 1.82% | 4.16% |
| D3 | 0.00% | 2.07% | 0.00% |
| D4 | 0.00% | 2.20% | 3.94% |
| D5 | 4.38% | 1.04% | 4.05% |
観察:
6×6 リバーシは Feinstein らにより完全解析されており、最善プレイは白の 16-20 勝で終局することが知られている。本研究の AI 対戦データは、この完全解析の結論への収束過程を示している。
表4.3 6×6 リバーシの探索深度別黒勝率(開局決定的、追加実験)
| 探索深度 | 黒勝率 | 白勝率 | 引分率 |
|---|---|---|---|
| D3 | 94.0% | 6.0% | 0.0% |
| D4 | 100.0% | 0.0% | 0.0% |
| D5 | 31.2% | 56.4% | 12.4% |
D4 → D5 で黒勝率が 100% から 31.2% に急減している。これは AI が D4 までは表面的な戦略に収束していたが、D5 で初めて完全解析の結論(白勝ち)に近づき始めた兆候として解釈できる。
D6, D7 とさらに深く読めば、理論上は完全解析の結果(白勝ち)に収束するはずである。本研究の探索深度(D5 まで)はその収束過程の入り口を観察したものであり、「AI 対戦データで観察された黒勝率は、ゲームの最終的な結論を示すものではない」点に注意が必要である。
本章で観察された副次的特徴:
これらは本研究の主軸(β 値による戦略空間の比較)とは独立した観察であり、それぞれが別の研究テーマとして展開可能である。詳細は本論文の射程を超えるため、別レポートに譲る。
本研究は次の問いを立てた:
RSG は、リバーシ系ゲームの中でどれほど深いゲームか。
3 ゲームの同レベル対戦 30 万局のデータから、次の答えが得られた:
3 ゲームを分ける指標は、深度依存性の質的な違い、すなわちJ字型挙動の大きさである。8×8 リバーシは大きなJ字型、RSG は中程度のJ字型、6×6 リバーシは小さなJ字型を示す。RSG はJ字型挙動という質的特徴を 8×8 リバーシと共有し、β 値範囲も 8×8 リバーシに準ずる水準にある。一方、ほぼ同サイズの 6×6 リバーシとは β 値で 0.36 以上の差をもって、明確に離れた水準を示す。なお、本結論は D5 までの観察に基づくものであり、より深い分析(D6 以降)では 6×6 リバーシのJ字型がより明瞭に立ち上がる可能性がある(第3章 3.3 注記参照)。
本研究には次の限界がある:
本研究は、独立研究家による定量的ボードゲーム研究の一試みである。学術機関に所属しないという制約を、データの誠実な取り扱いと、主張の節度によって補うことを目指した。
得られた結論「RSG は 8×8 リバーシと同じくJ字型挙動を示すグループ(中程度のJ字型)に属し、6×6 リバーシ(小さなJ字型)とは質的に異なる戦略空間を持つ」は、絶対的優位を主張するものではない。むしろ、同サイズ・同手数のゲームでも盤面の形やルールの構造によってJ字型挙動の大きさが大きく異なるという、ゲーム設計上の重要な事実を提示するものである。
ReverStarGo は無料で公開されている。本研究のデータは、誰でも検証可能な形で保管されている。本レポートが、今後のボードゲーム研究および設計実践において、何らかの参照点となれば幸いである。
著者: 独立研究家(西口 猛)
作成日: 2026年4月(データ取得・執筆)
バージョン: v5.2(2026年8月 改訂)
※ 回帰点数の変更により β の値は最大 0.04 程度動くが、本研究の結論(J字型挙動の大きさによる 3 ゲームの分類)は変わらない。